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第二の青春はここにあった。卒業記念品はまさかのサプライズ。40歳のオッサンになったので北区JCを卒業します

日々のこと

こんばんは、音喜多駿(日本維新の会 参議院議員 / 東京都選出)です。

ついに約10年間所属した公益財団法人 東京青年会議所 北区委員会(北区JC)から本日を持って卒業いたしました。

10年もいながら役職をほぼやらずにふわふわしていたポンコツ会員ではあったものの、さすがにこれだけ長い期間を過ごすと感慨深いものがあります。あんなことこんなこと、あったでしょと。

自分の中で公開討論会と並ぶ看板事業であるわんぱく相撲大会は、「負けることを学ぶための大会」であるという言葉に感銘を受けて、微力ながら毎年会場に駆けつけてスタッフとして勤務。

ほぼ初回からスタッフ参加している北区花火会では、ボッ◯ン便所に次々と手を突っ込み詰まりを直すという伝説を残すことができました。

もう少し綺麗な伝説を残したかったと思わなくもないですが、こういうのも自分らしくていいですよね?!

以前にも書いたことがありますが、組織としてのJCは大きく2つの特徴があると思います。

・年齢制限があること(40歳で必ず卒業)
・役職が毎年変わる単年度組織であること

「青年」の定義は厳格に運用され、誰もが等しく40歳になれば卒業になります。

限られた時間だからこそ、その中で時間と若さを惜しみながら熱量を持って活動し、組織としての新陳代謝が加速していく。

また、毎年役職や体制が変わることから「学生サークル」と揶揄されることがありつつも、次の代にバトン・ノウハウを継承することが常に意識され、これも新陳代謝やイノベーションを促す効果があります。

こうした点が、(大臣はコロコロ変わるのに)役職にしがみつき重鎮議員たちがいつまでも権力・実験を手放さない政治の世界との大きな違いであり、仲間の若さとも相まって、私が惹かれ続けたJCの魅力を生み出しているんだと思います。

そんな偉そうな論評をしている間に、私も追い出される方の年齢になってしまいました。

都議会議員に出馬する際の公開討論会で始めてJCの存在を知り、当選後にオブザーバーとして参加、2014年に正式入会。

北区JCに在籍をした10年間は、まさに私の政治家としての10年間と重なり合ってきました。

北区長選挙に落選をして「もう諦めようかな」と思ったとき、北区に踏みとどまり続けることができたのは、若い仲間たちがいたから。「負けることを学ぶ」大切さをわんぱく相撲から、JCから教えてもらっていたから。

そんな最高の仲間たちは、最高の卒業式を準備してくれました。

ビデオレターの人選だけは何度考えても不可解だったものの、私がやっていた非営利団体ふらいぱんだの仲間である奈良さん(JCのOB)が愛知から駆けつけて、巨大カステラが登場!

無造作に会場の隅にフライパンが置いてあったので、登場前にネタバレしたのはご愛嬌ということで良しとしよう(笑)。

そして卒業記念品はなんと、特注で表面が鏡張りになったタニタの体重計でした。

…おい!!!

TANITAのロゴの変わりに、OTOKITAという表記が入っている手の込み方。

自分への戒めも込めて議員会館に飾っておこうと思います。←

第二の青春はここにありました。

最高の時間と笑いをくれた後輩の皆さま、卒業式実行委員会の皆さま、本当にありがとうございました。駆けつけてくれた先輩方、他地区の皆さまにも心からの感謝を。

楽しかった10年間を力に変えて、時に寄り道しながらも、目標に向かってまっすぐ進んでいきます。

ありがとう、JC。さようなら。

今後はOB・シニアとして、宜しくお願い致します。

音喜多 駿

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音喜多駿

おときた駿
参議院議員(東京都選挙区) 40歳
1983年東京都北区生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループ社員を経て、2013年東京都議会議員に(二期)。19年日本維新の会から公認を受けた参院選東京都選挙区で初当選。21年衆院選マニフェストづくりで中心的役割を担う。
三ツ星議員・特別表彰受賞(第201~203国会)
ネットを中心とした積極的な情報発信を行い、ブログを365日更新する通称「ブロガー議員」。ステップファミリーで三児の父。
著書に「ギャル男でもわかる政治の話(ディスカヴァー・トゥエンティワン)」、「東京都の闇を暴く(新潮社)

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