次の世代に希望をつくる

「100%成功するハッキング」で終わるのは、銀行ではなく「信用の前提」である

• 日々のこと

この春にXで大きく拡散したエッセイがあります。テーマは「AIによる100%成功するハッキングが現実になったら、何が終わるのか」。

最近の情報漏洩報道を見ていて、改めて読み返しました。なるほどと唸らされる部分が多く、同時に政策の立場からは補いたい点もあります。

今日はその解説と評価です。

■

まず、背景となる現実を確認しておきます。

2026年9月下旬から10月初めのわずか1週間余りで公表された個人情報の漏えい(疑いを含む)は、判明分だけで2,600万件を超えたとされています。

焼肉チェーンやカーシェア、古書店など、私たちが日常的に使うサービスばかりです。

海外では韓国の事案が象徴的です。銀行が攻撃を受けて情報が流出し、攻撃拠点とみられるサーバーからAIエージェントの痕跡が見つかったことで、金融当局はAIの活用を排除できないとして全金融機関の緊急点検を指示したと報じられています。

被害は当初の7社から16社に拡大し、銀行や貯蓄銀行、暗号資産事業者などに及んだとのことです。

一方で、冷静に押さえておくべき事実もあります。「AIがやった」と分かった日本の漏えいは、現時点でまだ1件もありません。

国内の大規模事案でAI関与を認めた組織はなく、侵入口は既知の脆弱性やAPIの不備が中心という整理が専門家の見方です。

つまり、AIが「新しい魔法の侵入手段」になったというより、古い弱点を突くスピードと規模が跳ね上がった。

いま起きているのは、そういう変化だと見るのが妥当です。

■

では、エッセイは何を言っているのか。

筆者の主張の核は、「資本主義は金ではなく信用で回っている」という点です。

そしてその信用は、残高、登記、株主名簿、本人確認、監査ログといった「情報として記述された信用」に依存している。

ここからが鋭いところです。

情報の真正性が失われたとき、経済は「損をする」のではなく「計算できなくなる」。

資本主義は暴落や破綻には耐えてきたが、何が本物かわからない状態には耐えられない、と筆者は言います。

銀行の例がわかりやすいです。

怖いのは預金を盗まれることだけではありません。その送金指示は本物か。ログは正しいか。復旧した後の状態を、誰が「正」と決めるのか。

これが揺らげば、銀行は営業そのものができなくなります。

さらに筆者は、近代の本質を「記号が現実を代理できる」という信念に見ます。

通帳の数字がお金を、電子署名が意思を、IDが本人を表す。100%ハック可能な世界では、この代理関係が壊れる。だから人は現物へ、対面へ、共同体へ戻っていく。

そして結論は、これから価値を持つのは「安全です」と言う会社ではなく、「破られる前提でも回る構造を作れる」会社だ、というものです。

■

私はこのエッセイの最大のポイントは、セキュリティを「技術の問題」から「社会の前提の問題」へ引き上げたことだと思います。

「防御できるはずだ」という楽観の上に制度が積まれている、という指摘は政策の世界にもそのまま当てはまります。

行政のデジタル化を進める議論でも、ともすれば「どう守るか」ばかりが語られ、「破られたあとにどう正しい状態へ戻すか」は後回しになりがちです。

侵入されることを前提に、被害を局所化し、真正性を検証し直し、復旧できる仕組みにしておく。これは今日からでも制度設計に組み込める考え方です。

ただし、いくつか留保もあります。

一つ目は、「100%成功」という前提の強さです。

思考実験としては有効ですが、AIは攻撃側だけの道具ではありません。防御側も脆弱性の発見や監視、異常検知にAIを使います。現実には「攻撃も防御も速くなる」競争になる可能性のほうが高いでしょう。

二つ目は、処方箋の方向です。

エッセイは対面、現物、閉域、地域共同体への回帰を描きます。しかしそれは、経済がもっと「重く、遅く」なることを意味します。

筆者自身もそれを認めていますが、その重さのコストを払うのは、余裕のない中小企業や、遠くの市場に頼って暮らす地方の人たちです。

アナログに戻ることが答えではない。

むしろ必要なのは、デジタルのまま「侵入前提」で設計し直すことだと私は考えます。

複数の主体による相互検証、改ざんを検知できる記録、オフラインでのバックアップ、重要な操作への多重承認。物理に戻るのではなく、デジタルに物理的な強さを持たせる発想です。

三つ目は、国家は今後どうあるべきか。

エッセイは、最後に効くのはパスワードではなく「現実の拘束力」であり、国家や共同体、実力で秩序を維持する力の価値が上がると述べます。分析としては一理あります。

しかし、これを「だから強い権力が必要だ」と短絡させてはいけません。

信用の基盤を国家に寄せるほど、その国家自身が最大の攻撃対象になり、同時に権力の集中も進みます。

公的な信用の基盤をどう分散させ、どう透明にしておくか。ここは政治が引き受けるべき論点です。

AIのリスクを理由にデジタル化を止めるのではなく、AI時代を前提にした制度へ作り替える。その方向で、思考を深めていきたいと思います。

それでは、また明日。

個人献金のお願い
ボランティアスタッフご登録のお願い
音喜多駿

おときた駿
前参議院議員(東京都選挙区) 43歳
1983年東京都北区生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループ社員を経て、2013年東京都議会議員に(二期)。19年日本維新の会から公認を受けた参院選東京都選挙区で初当選。21年衆院選マニフェストづくりで中心的役割を担う。
三ツ星議員・特別表彰受賞(第201~203国会)
ネットを中心とした積極的な情報発信を行い、ブログを365日更新する通称「ブロガー議員」。ステップファミリーで三児の父。
著書に「ギャル男でもわかる政治の話(ディスカヴァー・トゥエンティワン)」、「東京都の闇を暴く(新潮社)」

友だち追加
twitter @otokita
Facebook おときた駿
Instagram @otokitashun

ページトップへ