今日の予算委員会は「政治とカネ」「中国政府の再エネ政策介入疑惑」「医療制度改革」と盛りだくさんで、一部の質問は沢山のメディアにも取り上げていただけました。
その中でもメインに据えた医療制度改革について。
現役世代の負担が重くなりすぎ、世代間公平が失われた社会保障制度、特に医療制度は持続不可能なものになっています。
とりわけ後期高齢者医療制度は、財源の半分は税金、4割は現役世代からの「仕送り」、当事者の窓口負担はわずか1割。
このバランス是正は避けて通ることができませんし、それは決して「弱者切り捨て」ではなく、そもそも無償化にしたことや今の現状こそが制度の原則から外れているのだという点を歴史的な経緯から明らかにしました。
窓口負担を1割→3割とだけ言われると、とてつもない負担増に感じられることは仕方ありませんが、そもそも公的医療保険の自己負担額は5割からスタートしています。
その後、3割負担になって安定的な制度運営が行われていましたが、間違いの発端は1960年代後半です。
高齢者医療費の無償化(≒低負担化)は、1969年12月に革新系東京都知事が導入したことを皮切りに、全国の自治体からスタートしました。
その後、1972年の総選挙で野党が議席を伸ばしたことを受けて、政府与党が対抗措置として全国規模での無償化に踏み切ったと言われています。
高齢者医療の無償化・低負担化は、いわば政治的な思惑と、高度経済成長期だったからこそ可能だったバラマキ思想からスタートしているわけです。
本来、医療保険制度の原則は「応能負担」で、高齢者だから一律に負担を軽減するというのは例外的な措置であって、過度な負担減はモラルハザードと過剰医療の原因になります。
また、高齢者のすべてが経済的困窮者では必ずしもありません。
セーフティネットが必要な場合には、年齢ではなく所得や資産などの資力に基づく、世代間格差のない合理的な線引きを行うべきなのです。
以上のような問題意識を踏まえて、
「高齢者の医療費負担については、歴史的経緯を考えると、救済措置はしっかりと作りつつも、本来は全員一律、今でいえば3割負担とするのが制度の原則であって、現在の負担割合は例外的な措置と捉えるべきではないか。制度の原則に立ち返った議論が必要ではないか」
と武見敬三厚労大臣に質したところ、歴史的な経緯をおさらいした上で
「今から考えてみても、あの無償化というのは間違いだったと思います」
と明確な答弁をされました。背景に革新(美濃部)都政があったとはいえ、かつての自民党が決断したことを「間違い」と断定したのはけっこう凄いことです。
現役世代の負担を抑えるために、持続可能な制度のあり方を模索・検討している最中だとの言もありました。
国会答弁の場で、こうしたことがはっきり確認できたことには大きな意味があったと思います。
一方で、大きな方向性や問題意識については一致が確認できたとしても、政府の見直し・検討のスピートはあまりにも遅すぎます。
業界団体の意見や当事者に配慮し、選挙を恐れて先延ばしにし、結局は抜本的制度改革ができず小手先の弥縫策を繰り返す。これが今のしがらみが多い大与党の限界です。
しかし彼らとて、世論で大きなうねりが起きれば無視することはできません。
今日の質疑では高度療養費制度の一部見直しに加えて、「終末期医療」というタブーにも切り込みました。
野党ならではの機動力としがらみのなさを活かして、今後も本質的な政策提案を続け、議論を巻き起こしていきます。
ぜひとも応援コメントや情報拡散でご支援をいただければ大変幸いです(いつも四面楚歌!)。
おときた駿
参議院議員(東京都選挙区) 41歳
1983年東京都北区生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループ社員を経て、2013年東京都議会議員に(二期)。19年日本維新の会から公認を受けた参院選東京都選挙区で初当選。21年衆院選マニフェストづくりで中心的役割を担う。
三ツ星議員・特別表彰受賞(第201~203国会)
ネットを中心とした積極的な情報発信を行い、ブログを365日更新する通称「ブロガー議員」。ステップファミリーで三児の父。
著書に「ギャル男でもわかる政治の話(ディスカヴァー・トゥエンティワン)」、「東京都の闇を暴く(新潮社)」
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