次の世代に希望をつくる

嵐のコミケ前演説!表現規制は、いつも「善意」から始まる

日々のこと

今年もやってきましたコミケ演説。山田太郎さんに続き最古参の議員として今年も安定の参加をしてきました。

いつも楽しいご紹介をありがとうございます\(^o^)/

AFEE坂井さんによって仕組まれたセトリにより、元みんなの党3人衆が連続で登壇する流れに。通称「みんなの残党」というお話を紹介させていただきました。

で、いや私の時だけ豪雨になるのはなんなの?!マジで。

せっかくなので、演説でお伝えした4つのポイントを、あらためて文字にしておきます。

「子どもに性的な広告を勝手に見せたくない」。

この気持ちに反対する人は、おそらく一人もいません。私自身も三児の父ですし、PTA会長もやっていますから、この感覚はよくわかります。

表現規制の議論が難しいのは、ここです。

規制の入口に立っているのは、たいてい悪意ではありません。誰も反対できない善意です。

だからこそ、止まらない。「子どもを守る」という看板の前では、条文の細かい話をする人のほうが冷たい人に見えてしまう。

表現規制の多くは、悪意ではなく善意から始まる。まずここを共有したいと思います。

そして厄介なのは、その善意に流されるのが、規制推進派だけではないということです。

先月提出されたいわゆる「エロ広告規制法案」については、当ブログでも条文に沿って懸念を書きました。

同法案は国会の閉会に伴い、成立には至っていませんし、所属議員自身が内省を語っておりますので、ここで議論を蒸し返すつもりはありません。

ただ一点だけ。あの法案を出したのは、「表現の自由を守る」と掲げてきた政党や政治家たちでした。

これは動機を疑うという話ではなく、構造の話です。

看板を掲げていることと、条文が看板どおりになっていることは、別のことです。善意のスイッチが入った瞬間、その差は誰にでも生まれる。

だから他人事にはできません。私や自身の所属政党も、同じ危うさを抱えています。

3つ目。ここが一番言いたかったところです。

私は、同人誌の世界にそこまで詳しいわけではありません。読んだことのないジャンルも、正直に言えば苦手だなと感じる表現もあります。

それでも、守らなければいけない。

理由はシンプルです。規制は必ず「みんなが嫌がっているもの」から始まるからです。

いちばん擁護しにくいところから線が引かれ、線が引けるという前例ができ、そこから内側へ広がっていく。気づいたときには、自分の好きな作品が対象になっている。

自分の好きな表現を守るために、自分の好きではない表現を守る。遠回りに見えて、これが唯一の道です。

最後に。

今回の法案が成立せずに軌道修正が図られたのは、議論の方向性が自然に是正されたからではありません。クリエイターの方々、ユーザーの方々、業界の方々が、それぞれの場所で声を上げ続けたからです。

表現の自由は、黙っていたら守られるものではない。

放っておけば残る権利ではなく、毎回誰かが声を上げているから、かろうじて残っている権利です。

だから、声を上げ続けましょう。私も国政の側で、条文を一つひとつ見ていく役割を果たします。

雨に濡れた甲斐はありました。明日も夏のコミケ、楽しんでください。

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音喜多駿

おときた駿
前参議院議員(東京都選挙区) 42歳
1983年東京都北区生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループ社員を経て、2013年東京都議会議員に(二期)。19年日本維新の会から公認を受けた参院選東京都選挙区で初当選。21年衆院選マニフェストづくりで中心的役割を担う。
三ツ星議員・特別表彰受賞(第201~203国会)
ネットを中心とした積極的な情報発信を行い、ブログを365日更新する通称「ブロガー議員」。ステップファミリーで三児の父。
著書に「ギャル男でもわかる政治の話(ディスカヴァー・トゥエンティワン)」、「東京都の闇を暴く(新潮社)

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