私の最後となる万博来場が終わりました。
ちゃんと一人で最後に行くって妻に話してなくて怒られてしまったのだけど(本当にごめんなさい)、どうしても、どうしても最後にもう一度だけ来たかった万博。
無理やり仕事をくっつけて、来場3時間の弾丸スケジュールで、万感の思いで大屋根リングを何周も歩かせてもらいました。
批判の嵐だった万博。
理不尽なほどの大バッシングと、下がり続ける支持率に、選挙も間近に控えた時期は心が折れそうになるときもあった。
それでも、絶対に万博は成功すると信じて、雨の日も風の日も万博のシャツやウインドブレーカーを来て、街やメディアに出続けた。
どんな批判も真正面から受け止めてきた。非大阪の国会議員で、もっとも万博にコミットしてきた政治家の一人だと自負している。
そして去年の衆院選で、私は負けた。
現職の議員として万博を迎えることは叶わなくなった。
待ちに待った開会の日が迫り、多くの国会議員・政治家たちが招待されたレセプションの写真をSNSにあげていた。万博を冷めた目で見ていた議員までも。
「なんであいつらがあそこに居るんだ!どうして自分は居られないんだ!」
不甲斐なさに壁をブン殴った。
万博なんて嫌いだ。失敗すればいい。
そんな邪な思いが芽生えて、一生懸命万博を嫌いになろうとした。
でもダメだった。
毎日のようにSNSやメディアを通じて流れてくる万博の光景や来場者の歓喜の声は、誰よりも自分が望んでいたものだったから。
4月下旬には家族と一緒に来場して、心が震えて、悔しさよりも誇らしさが勝った。
もっともっと、万博に行きたいな。政治家として、議員として。
それが7月の参議院選挙における密かな目標の一つになった。原動力だった。
でも結果は、御存知の通り。
世の中はドラマみたいにハッピーエンドばかりじゃない。万博会場で盆踊りもしたかったし、家族や友人と笑顔で胸を張って、
「ミャクミャクが人気のないあの頃から、ずっと東京で公式グッズを着てたんだよ(笑)」
なんて語りながら、万博会場を歩いてみたかった。
その願いが叶うことはもう、ない。
10月13日の閉会式。議員たちが招待されているそこに、私はもちろん行けない。
でも、最後にどうしても、もう一度だけ行きたかった万博。
おそらく一生に一度の万博は、自分にとって苦い思い出で幕を閉じる。
そんな悲しみも悔しさも、色んな人の色んな感情を生み出して、巻き込んで、去りゆく万博に。
最後に出てきた感情は、やっぱり「ありがとう」でした。
ありがとう。日本に、大阪に、万博が来てくれて良かった。途中までだけど、その開催の力になれて良かった。
ずっと先まで残る悔しさとともに、記憶を語り継いで行く一人になって、恩返しをしていきたいと思います。
バイバイ、万博。また来世で、きっと。

おときた駿
参議院議員(東京都選挙区) 42歳
1983年東京都北区生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループ社員を経て、2013年東京都議会議員に(二期)。19年日本維新の会から公認を受けた参院選東京都選挙区で初当選。21年衆院選マニフェストづくりで中心的役割を担う。
三ツ星議員・特別表彰受賞(第201~203国会)
ネットを中心とした積極的な情報発信を行い、ブログを365日更新する通称「ブロガー議員」。ステップファミリーで三児の父。
著書に「ギャル男でもわかる政治の話(ディスカヴァー・トゥエンティワン)」、「東京都の闇を暴く(新潮社)」
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